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浜田真実(ハマダ マミ) マミィズボイススタイル代表 ボイストレーナー 1961年生まれ 広島県出身 |
1987年、シャンソン・カンツォーネを中心にしたレパートリーで歌手デビュー。
シャンソン喫茶「銀巴里」、渋谷ジァンジァンなどにレギュラー出演。企画・演出も手掛け、日本民謡のアルバム「まほろうた」やオリジナル楽曲のアルバムリリースなども行う。
2004年、ボイストレーニングクラス「マミィズボイススタイル」をオープン。
呼吸法・心理学・歌・朗読・ダンスなどを取り入れた独自のボイストレーニングプログラムを考案。「ピュアボイスメイキング」「ケアボイスワーク」と名付けられたメソッドは、コミュニケーションと声を自由にし、心と身体を豊かに育むと、教育機関・ビジネス研修・福祉施設のデイケアプログラムなどでも高い評価を得ており、10代から高齢者まで幅広い層がレッスンに通っている。
高度成長期、真っ只中の頃。
愛媛県八幡浜市で誕生し、すぐさま瀬戸内海を渡り広島県で育ちました。
幼少期のあだ名は「はぶて」、もしくは「はぶてんぼう」。
むくれる、すねるという意味の広島弁です。
きっと、鬱屈した子どもだったのでしょう。
児童文学、漫画、テレビ、新喜劇に宝塚、そして放課後のごっこ遊びが私を形成しました。
「文学少女的傾向が強すぎる。要注意!」
通知表に大きな赤字で記載されたのは、小学5年生。
けれど卒業前の謝恩会で、コメディ「ロミオとジュリエット」の企画・脚本・演出を担当したことで校内での評価が一変します。
終演後、担任の野村先生が私の手を取り、おごそかな声で言ったのです。
「あなたはね、この道を行きなさい」
あたりに轟音がとどろき、光が降り注ぎました。
はぶてんぼうの私は、おっちょこちょいでもありました。この道がどの道なのかも確認しないまま、18歳で上京。
俳優の勝新太郎氏主宰の俳優養成所に入り、数年後には役者ではなく
銀座あたりで夜な夜な歌う人になりました。
道に迷ったらしい私は、結婚し39歳で出産。
42歳でボイストレーニングクラス「マミィズボイススタイル」をオープンしました。
精神科のデイケアや子どもシェルターなどでも発声指導の仕事を続け、ふと気づくと50代も終盤です。
そして、2020年。
世界全体がコロナ禍です。マミィズボイススタイルは全面休業。
数ヵ月後、対面レッスンから全てオンラインレッスンに移行しました。
歌い始めて33年、ボイトレ始めて17年。
立ち止まって「これから、どうしたい?」と自分自身に尋ねてみました。
けれど、私の答えは一貫して変わりません。
評価や収入というご褒美があるなしに関わらず「創造したい」「表現したい」「伝えたい」という気持ちがまったくおさまらないのです。
それは、マグマのように私の深い場所でたぎり、時々大地を揺らします。
この先、火砕流となって暴走するか、温泉となって人を癒すかは私次第。
そう覚悟を決めると、むくむくと力が湧いてきました。
世界が新種のウィルスに息を潜める中、2021年還暦を迎えた私は、自ら「要注意!」警報発令を発令しつつ、新たな領域に踏み出して、ガシガシと歩幅大きく歩き続けています。
引き続き、よろしくお願い致します。
浜田真実