9月21日。敬老の日。
シルバーウイークのど真ん中に台風25号が関東に接近し、外は朝から大雨だ。
近所の川には、レベル4の氾濫危険警報が出されているらしい。近隣の避難所をスマホでチェックする。
備蓄の避難食は年内で賞味期限が切れるので、ここ数か月でほぼ食べ尽くしてしまった。
残るはアルファ米が数袋。
補充しておけばよかったなと、いつもながら、ことが起こりそうになって慌てている。昔から、備蓄が苦手なのだ。
まったく私は、いくつになっても行きあたりばったり。準備万端人間には程遠い。
いくつになっても……
そうだ。
21日、私は暴風雨の中でひっそりと年を重ねた。
65歳。
もはや、それほどめでたくもないし、「いくつ」という可愛い表現では追い付けないほど、数字が重い。
両親はふたりとも、この世界から旅立った。
私に残された時間を、この先どう生きるか。
いや、もうここまで来たら、どう生きても良いのだろうな、と思える。
あれこれ積み重なった過去を嘆いて、重苦しく生きるのはごめんだ。
残り少ない未来を案じて、怯えながら暮らすのも嫌だ。
どうせ行きあたりばったりならば、そのことで生じたあれやこれやを面白がって生きてみるのも良いではないか。
好きなことを並べてみる。
文章を書くこと。
読むこと。
観ること。
朗読すること。
歌うこと。
笑うこと。
笑ってもらうこと。
なるほど……
これ、子どもの頃から少しも変わっていない。
私の中でずっとこれらが「出番はまだか」とピコピコと走り回っている。
よし。
これらを育てて自由にはばたかせてみよう。
65歳から始める、「小さな文化活動」。
なかなか面白そうではないか。
そう思っただけで、日々の彩りがちょっとだけ変わってくる。
「面白ろ」を拾って「面白ろ蓄財」ができる。
備蓄や貯金は苦手だけれど、これならできそうな気がする。
世界は混沌としている。
戦争、自然災害、新種のウイルス、膨大な情報。
善意も悪意もぐちゃぐちゃになって、毎日、降り注ぐ。
体力も気力も減退してくるけれど、「小さな文化活動」なら、できる。
やりたい。
そうこう考えているうちに嵐はどこかに去っていった。
22日はどうやら「国民の休日」らしい。
65歳の一日目。
秋は、もうすぐそこまで来ている。
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