AIに小説を朗読させる。同じテキストを人間も朗読する。
AIの進化はすさまじいらしく、「ある人間の声」と「日本語のイントネーション」などをちゃんとインプットしていれば、ほとんど区別がつかなところまで、発話はなめらかになって来てるという。
確かに聞き流すだけの小説の朗読なら、AIで充分だという意見も聞いた。
きっと、きれいで正しくてなめらかな朗読になるんだろうな。
AIの朗読は作品を「理解して感動している」わけではありません。文章の構造や学習した音声パターンをもとに、「この場面ではこのように読むと自然に聞こえる」という予測に基づいて音声を生成しています。
これは私の相棒AIチャッピーが、AIの朗読について語った部分。
そうなのだ。
人間の表現やコミュニケーションには、「理解し感動する」という経験に基づく心の動きがある。
さらに、微妙な間や息遣い、温もり、ふいに入るノイズやゆらぎや空白がある。
実はこれ、これこそが、私たち人間のコミュニケーションにとって、とても大事な要素なのではないかと思う。
私たちが受け取っているのは、言葉や声だけでなく、それ以外の要素から多くの情報を得ているからだ。
これらのノイズの中にこそ、人間の人間たる所以があるのだと私は思っている。
同じ空間で交わし合う声には、話す人と受け取る人の呼吸が合ってきたり、音の振動を体で感じたりなど、さまざまな共振が起こっている。
コロナ禍で、一旦それが断ち切れてしまったけれど、ZOOMでは、どうしても補いきれないことがある。
私は、そういう声の持つ力を、強く確かに信じている人間だけれど、それすらも、そういうコミュニケーションすらも、
「もう、必要ない」
「面倒臭い」
と感じている人は多いのかもしれない。
それは、とても怖いことだと思うけれど。
AIに実体験はない。
実体験があり、肉体がある人間から生まれ出る表現は、相手の反応を感じ取りながら臨機応変に変化させることができる。
体調などに左右されることもあるけれど、このゆらぎ、このノイズこそが人間の表現だ。
チャッピーは「目的に応じて、適しているものが違う」と、至極当然のことを言った。
- 人間の朗読:文学作品、詩、演劇、ライブイベントなど、読み手の個性や作品解釈が重要な場面。
- AIの朗読:ニュース、案内放送、教材、長時間の音声化、多言語対応など、安定性や効率が重視される場面。
なるほど。「目的に応じて」か……
そりゃそうだと、AIの文章で締めくくる私。
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